電気工事士2種を受ける前、私はどこかでこう思っていました。
「電験三種よりは、さすがに楽だろう」
同じ電気系の国家資格。難易度の差はあるにしても、現場経験もある自分がそこまで身構える必要はないのではないか。そう高を括っていたのです。
ですが、勉強を始めてから、その考えは少しずつ崩れていきました。今回は、40代・現場職の私が直面した「想像と現実のギャップ」を赤裸々にお話しします。
受験のきっかけは「完全な自主性」
受験を決めたのは、会社から言われたからではありません。現場で働く中で、「持っておいて損はない」と判断した自費・独学の挑戦でした。
会社に内緒で進める資格取得は、プレッシャーがない分、どこか気楽なところがあります。しかし、その「気楽さ」が、のちに「準備不足」という形で自分に返ってくることになります。
ここが落とし穴
会社に言われていない=「落ちても誰にもバレない」という甘えが、最初の段階で油断を生んでいたのかもしれません。
最初に感じた違和感は「技能試験」だった
学科については、電験三種の経験もあり、CBT方式にも慣れていたので大きな不安はありませんでした。問題は「技能」です。
「工具は普段から触っているし、簡単な配線作業も経験がある。なんとかなるだろう」
これが、最初にして最大のギャップでした。「現場の作業」と「試験の技能」は、似て非なるものだったのです。
「のの字曲げ」という未知の壁
現場では端子台や圧着がメインで、実は「のの字曲げ」を完璧にこなす機会は意外とありません。初めて挑戦したとき、自分の指先の不器用さに愕然としました。
「え、こんなに難しいのか?」
結局、何度も何度も、指が痛くなるまで練習を繰り返すことになりました。電験の計算問題とは違う、「体が覚えるまでやる」という泥臭い作業が必要だったのです。
40代を襲う「肉体的な限界」
仕事との両立で一番きつかったのは、時間の捻出以上に「集中力と体力の減退」でした。
仕事が終わってから机に向かうと、思っている以上に目が疲れています。特に技能の練習中、リングスリーブに線がちゃんと奥まで入っているか、刻印が正しい位置か、霞んで見えなくなることがありました。
「昔なら、こんなの余裕で見えたのに……」
40代の現場職にとって、技能試験の細かな確認作業は、想像以上に神経を削る作業です。疲れ目の中でミスをしないよう、自分なりの確認手順をルーティン化する必要がありました。
技能試験は“作業”ではなく“本番”だった
実際に通しで練習を始めると、一番の敵は「時間」でした。理屈では分かっていても、手が追いつかない。焦れば焦るほど、普段ならありえないミスをしそうになる。
現場なら「ちょっと待てよ」とやり直しが効きます。でも、試験は一発勝負。やり直しは即、タイムオーバーを意味します。
あの静まり返った試験会場で、周りの受験生がガチャンガチャンと工具を鳴らす音。あの独特の緊張感の中で、練習通りのパフォーマンスを出すのは至難の業です。開始前は自分自身、手汗をかき、呼吸が浅くなっているのが分かりました。
始まってからは作業ごとに深呼吸をして落ち着かせながら作業を進めました。
電験持ちが陥る「理論の罠」
もし、過去の自分に声をかけるなら、迷わずこう言います。
「理論は分かっていても、技能だけは別物だぞ。頭で受かると思うな」
電験三種をクリアしていると、オームの法則や交流回路の理屈は完璧かもしれません。しかし、電工二種の技能試験に「理論」は関係ありません。求められるのは、正確な剥離、確実な接続、そして欠陥のない仕上がり。ただそれだけです。
まとめ:想像より“軽くない”資格だった
合格した時の気持ちは、達成感よりも「ホッとした」という安堵感の方が強かったです。振り返れば、「電験より楽だろう」と思っていた自分は、少し甘かったと反省しています。
- 40代の疲れ目・集中力切れを計算に入れること
- 「のの字曲げ」など、現場でやらない作業を軽視しないこと
- 「試験本番」という独特の空気を舐めないこと
電気工事士2種は、決して重すぎる資格ではありません。ですが、現場経験者であっても、敬意を持って準備に励むべき「立派な国家試験」でした。これから挑む方は、ぜひ「頭」ではなく「手」を動かす時間を大切にしてください。
