「やる気」は捨てる。電験三種に合格した私が決めていた「最低ライン」の力

電験三種の勉強を続けられた理由を聞かれると、特別な工夫や根性論を期待されることがあります。

ですが、実際に私がやっていたことは、かなり地味で単純なものでした。

それは、最初から「最低ライン」を決めていたということです。

この記事の結論

  • やる気に関わらず「1日1時間」は死守する。
  • 調子が悪い日は「やった事実」だけで合格点を出す。
  • 家族を巻き込んで「勉強しない自分」を封じる。
目次

最初から決めていた最低ラインは「1日1時間」

電験三種の勉強を始める前の申込の時から、私は一つだけ決めていました。

「1日最低1時間は勉強する」

それ以上でも、それ以下でもありません。
もちろん、基本的には平日の帰宅後に毎日4〜5時間は机に向かっていました。

しかし、3時間やる日があってもいい、10時間やる日があってもいい。
でも、どんな日でも「1時間だけはやる」。この最低ラインだけは、最初から明確でした。

現場トラブルでボロボロの日でも「机」に向かう

現場職で働いていると、どうしても避けられないのが「突発的な設備トラブル」です。

朝から不具合対応に追われ、脚立の上で一日中作業し、工具を片付けた頃には体力が底をついている。
そんな日でも、私は帰宅してから必ず机に向かいました。

「今日は現場で疲れたから、明日まとめてやろう」

この考えが一番の毒だと分かっていたからです。一度でも曖昧にすれば、自分の性格上、なし崩し的に守らなくなる。だからこそ、例外は一切作りませんでした。

一度ルールを曲げると、それは「習慣」ではなく「予定」に格下げされてしまいます。

調子が悪い日の勉強は「成果」を求めない

体調が悪い日や、仕事で疲れ果てた日の勉強は、正直言って頭に入りません。
それでも1時間を死守したのは、「勉強を生活の一部にするため」です。

「今日は何も理解できなかった」
「1ページ進むのに1時間かかった」

それでいいんです。その日は「やったという事実だけで十分」だと割り切っていました。
無理に取り返そうとも、帳尻を合わせようともしない。
「歯を磨く」「風呂に入る」のと同じレベルまで、勉強を落とし込むことが目的でした。

家族を味方につけ「逃げ道」を塞ぐ

この「最低1時間」を継続できたのは、家族の協力も大きかったです。
勉強を始めた頃、家族にはあらかじめ伝えていました。

「どんなに遅くなっても、最低1時間は勉強したい」

そう宣言したことで、面白い変化が起きました。
もし私が疲れてダラダラしようとすると、家族から「今日の勉強はいいの?」と声がかかるようになったのです。

40代になると、自分の甘えを叱ってくれる人は会社にはいません。
だからこそ、家族に「監視役」兼「応援団」になってもらうことで、半強制的に机に向かう環境を作りました。

完璧主義を捨てたことが「合格」への近道だった

逆に、最初からやらないと決めていたこともあります。
それは、「完璧主義になること」です。

  • 分からない部分をその日のうちに理解しようとしない。
  • 進みが遅い自分を責めない。
  • 「やる気」という不確かなものに期待しない。

「やる気があるからやる」のではなく、「時間になったからやる」
この状態に入ると、続けること自体の苦痛が消えていきます。

もし最低ラインを決めていなかったら、間違いなく途中でだらけていたでしょう。
「今日はいいか、明日まとめてやろう」
その積み重ねが、挫折の正体です。

まとめ:電験三種は「最低ライン」の積み重ね

この話は、電験三種を続けるための「正解」ではありません。
ただ、40代・高卒・現場職の私が、実際に合格まで辿り着いた一つの現実です。

高い目標を立てるのもいいですが、まずは「これならどんな日でも守れる」という最低限の約束を自分としてみてください。
それが最初のスタートです。


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